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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)18号 決定

抗告人 徳増次夫 徳増ひで子

訴訟代理人 白石信明

相手方 山田彦太郎 山田その

主文

原審判を取り消す。

理由

抗告人等代理人は、「原審判を取り消す。相手方等の抗告人等に対する本件審判の申立を却下する。」との決定を求め、その理由として別紙抗告理由書並びに同追加申立書記載のとおり主張した。

よつて職権を以て調査するに、本件記録によると次の事実を認めることができる。

相手方等は抗告人等に対して昭和三十年四月十九日静岡家庭裁判所浜松支部に「一、抗告人(調停事件の相手方、以下同じ)等は相手方(右調停の申立人、以下同じ)等に対し徳増稔、同清が新制中学校を卒業するに至るまで毎月扶養料として一名につき金千五百円宛を支払うこと。二、抗告人等は相手方等に対し昭和二十八年五月から昭和三十年四月までの二ケ年間右両名の扶養料として相手方等の支出した金二万四千円を支払うこと。三、抗告人等は相手方等に対し右両名の移動証明書を引渡すこと。」との趣旨の調停の申立をなし、その事件の実情として主張した事実の要旨は、「相手方等は夫婦で、抗告人徳増次夫は昭和二十一年三月二十七日相手方等と養子縁組をなし、次いで同年四月一日相手方等の養子亡山田進の妻山田きぬ于と婚姻し、同年八月二十八日長男稔を儲け又昭和二十三年八月二十八日二男清を儲けたがその後右きぬ子が死亡したため、抗告人次夫は抗告人ひで子を事実上妻として迎えたところ抗告人等と相手方等との間に不和を生ずるようになり抗告人等は昭和二十七年二月右二児を連れて相手方等と別居した。そして抗告人次夫は同年二月十五日相手方等と協議離縁をなし、次いで同月二十九日抗告人両名は夫の氏を称する婚姻届出をし、同年三月十日抗告人ひで子は右稔、清の二児と養子縁組の届出手続をなした。ところが右稔、清両名は抗告人等のもとで養育されることを嫌い、また相手方等の近所でもある関係で十五日程で相手方等のもとへ帰つてきた。よつて相手方等は抗告人等と話合の上、右二児を相手方等の手もとで養育することと定め、抗告人等は当初の一年分の飯米は相手方等に届けたけれども、昭和二十八年五月分以降は右二児の扶養料を支給しないので、相手方等の費用で右二児を養育してきた。右稔け現在小学校三年生であり、右清は一年生であるが、長ずるに従つて養育費も増してくるので小農である相手方等が右二児を養育してゆくことは容易でない。そこで相手方等は右両名を抗告人等のもとへ帰そうとしても、右両名はこれを肯んじないし、また無理に連行しても近隣のことであるから相手方等のもとへ帰来することは明かであるので、相手方等は新制中学校卒業まで両名を手許で養育してやりたいと考える。よつて相手方等は昭和二十八年五月分以降右両名の扶養料として既に支出した毎月金千円の割合による金員の支払並びに調停成立の日から右両名が新制中学校を卒業するに至るまで一名につき毎月金千五百円の割合による扶養料の支払を求めるとともに、右二児の移動証明書の引渡を求めるため本調停申立に及んだ。」というにある。原裁判所は右申立に基いて数回に亘り調停委員会を開いて調停を試みたけれども、昭和三十年十月十一日調停不成立となつたので、調停申立のときに審判の申立があつたものとみなし、同庁昭和三〇年(家)第三一七〇号扶養料請求家事審判事件として立件し、爾後審判手続として家庭裁判所調査官に事実の調査を命じ、また抗告人等及び相手方等双方を審問する等の手続を経て、原裁判所は、抗告人等相手方等並びに前記稔、清の二児が抗告人等主張のような身分関係にあること、相手方等が右二児養育のため昭和二十八年五月から昭和三十年十一月まで毎月少くとも一名について金千円宛右期間中の合計金六万二千円を支出したこと、昭和三十年十二月からは毎月一名について金千五百円の養育料を要することを認めた上、昭和三十年十二月二十日「相手方(本件抗告人)は申立人(本件相手方)に対し金六万二千円を支払え。相手方(本件抗告人)は申立人(本件相手方)に対し昭和三十年十二月から徳増稔、徳増清の二児を引取り養育するまで月金参千円の割合の金員を支払え。」との旨の審判をしたものである。

そもそも、家事審判法第九条によると、家庭裁判所は同条第一項に規定する甲類及び乙類事件と同条第二項により同法に定めるもののほか、他の法律において特に家庭裁判所の権限に属させた事項について審判を行う権限を有するものであつて、右乙類第八号には「民法第八百七十七条乃至第八百八十条の規定による扶養に関する処分」と定められている。そして右民法の規定する扶養に関する事項は、直系血族、兄弟姉妹及び特別の事情がある場合におけるその他の三親等内の親族相互の間の法律関係であつて、このような親族関係の存在しない者相互の間の金品給付の法律関係はたとえそれが扶養に関連する事項であつても前記乙類第八号所定の扶養に関する審判事項に該当しない。またこのような親族関係の存在しない者相互の間の金品給付に関する事項を審判事項として特に家庭裁判所の権限に属することを定めた法律は存在しない。かような事項は民事訴訟事項であり、家庭に関する事件である限り家事審判法第十七条により家庭裁判所の調停事件として処理されることはあるが、審判事件の対象となるものではない。そして家事審判法第二十六条第一項は「第九条第一項乙類に規定する審判事件について調停が成立しない場合には、調停の申立の時に、審判の申立があつたものとみなす」と規定しているので、同法第九条第一項乙類に該当しない家庭に関する事件について調停の申立がなされ、その調停が成立しないときは、同法第二十四条による審判が行われる場合のあるほか、調停事件はこれによつて当然に終了し、審判事件に移行するものではない。爾後は当事者が欲するならば訴訟を提起する道を採るべきである。本件についてみるに、前認定のとおり、相手方等は養子たる抗告人徳増次夫と昭和二十七年二月十五日協議上の離縁をしたのであるから抗告人両名と相手方両名との親族関係はこれによつて終了し、また抗告人次夫の実子であり抗告人ひで子の養子たる前記稔、清の二児と相手方等との法定血族関係も同時に終了したものであつて、ただ右二児は相手方等の養子亡進の妻きぬ子の子であるから相手方等とは二親等の姻族関係が存続しているのであるが、民法第八百七十七条第二項の規定に基く家庭裁判所の調停又は審判のあつた事実を認める資料の存在しない本件においては、相手方等は右二児を扶養すべき法律上の義務がない。従つて相手方等がその主張のように右二児の養育のため過去において金銭の支出をしたとするならば、右、二児の実父たる抗告人次夫及び養母たる抗告人ひで子に対し契約(もし右二児の養育費支払に関して抗告人等と相手方等との間に何等かの契約が存在する場合)又は不当利得(右の如き契約が存在しない場合)に基いて相手方等の支出した養育費の支払を求めることができるであらう。また相手方等が将来右二児養育のため支出しなければならない費用を予め抗告人等に対して請求することは、特段の契約が存在しない限り法律上許されない筋合である。いずれにしても、抗告人等と相手方相互の間には民法に規定する扶養の法律関係は存在しないことは右の説明によつて明かであるから、抗告人等に対して金品給付を求める相手方等の本件申立の対象たる事項は家庭に関する事件として調停申立の対象とはなつても、家事審判法第九条第一項乙類第八号所定の民法第八百七十七条ないし第八百八十条の規定による扶養に関する処分に当らないのであるから審判の対象となるものではない。従つて本件調停事件は原裁判所において家事審判法第二十四条による審判をしない限り(原審判が右規定による審判でないことは記録上明かである)調停が成立しなかつたときに当然に終了し、審判に移行するものでない。しかるに、原裁判所は前認定のとおり本件調停が成立しないことによつて審判の申立があつたものとみなし、爾後審判手続を開始し、抗告人等に対して相手方等に金銭の支払を命ずる審判をしたものであるから、原審判は結局本件は調停が成立しないことにより審判の申立があつたものとみなすことができない場合であるのにこれが申立があつたものとみなして審判をした違法があるのであつて、到底取消を免れない。

もつとも前記稔、清の二児は抗告人次夫の実子であり、抗告人ひで子の養子であるから、右二児と抗告人等との間には民法所定の扶養の法律関係があるので、抗告人等が右二児の扶養義務を怠つているというのであれば、右二児が抗告人等に対して扶養の調停又は審判の申立をすることができるわけである。右二児が調停を申立てたものであれば、調停が成立しない場合審判に移行するのであるが、本件の調停申立は相手方等自身の申立であり相手方等が右二児の法定代理人として申立てたものと認めるべき根拠も存在しない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 浜田潔夫 判事 仁井田秀穂 判事 伊藤顕信)

抗告理由

一、原審判は抗告人等に対し其の養子徳増稔、徳増清両名の過去に於て扶養したる扶養料金六万弐千円及び昭和三十年十二日一日以降一ケ月三千円の割合による扶養料の支払を命じた。

二、扶養の意義に付いては民法上直接に規定はないが生活の保護を要する状態に有る者に対して親族法上特別の関係在る者が負ふ処の保護義務である、此の義務は其性質上生活共同の扶養義務と生活補助の扶養義務とに分け得るが、本件が其の前者に属するものなる事は言ふ迄もない。

三、斯くの如く扶養義務は父母が子に対する義務であり、即ち子が父母に対する権利であるから其の請求は子自らなす可きであり祖父たる山田彦太郎、山田その名に於てなす請求は失当である(東京地、昭和二二年(ワ)第七六〇同二四年五、二、判決総攬民、三、一五三頁)右両名からの請求は事務管理不当利得等の請求たる可く本審判の対照とならない。

四、本件に於て抗告人等両名が扶養義務者たる事は勿論であるが原審申立人山田彦太郎、山田その両名も祖父母として扶養義務を負担する、新法に於ては其の順位定まつてゐないから苟も其の義務の履行として之を扶養したる以上之が返還を請求出来ない、特に原審判の趣旨に依れば申立人たる山田彦太郎、山田そのは祖父が孫に対する愛情として扶養したのであるから其の過去の扶養料の請求は出来ない(東京控昭和二、四、六、判決法律新聞二六九五頁一六頁)から原審判は失当である。

五、抗告人等は其の子たる稔、清を引取らんとしても原審申立人等が引渡さないのであつて、即ち扶養義務者の意に反して他の扶養義務者が扶養権利者を引き取り扶養したに止まり之が出捐したる費用の償還を請求する事は出来ない。

六、右扶養料額を審判に於て定むるに当り抗告人等の財産、生活程度を参取して定むべきであるが、抗告人等の資産状態では到底右審判されたる月額金三千円の扶養料の支払は困難であり、原審判は之を参取せずして根拠なくして決定したものであり不当である。

追加理由

扶養料請求は扶養権利者より請求す可きで事実上扶養したる者が請求す可きで無い事は先に主張したが仮に請求出来るとしても右は過去の扶養料の請求を含み原審裁判所も亦過去の扶養料の給付を命ずる審判をしたが、扶養権利者は扶養義務者に対し事実上生活し了りたる既往の生活費に付いて遡つて之が支払を請求し得可きで無い(大審院昭和九年(ホ)第一三一号同九年十月五日第二民事部判決。大審院判決全集第一輯第十一号十三頁)から之を命じたる原審判は取消さる可きである。

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